僕らの証明はどこにある

毎日生きることに必死なオタク

石原壮馬くんのファンがきみそら経由で私立恵比寿中学にハマった話

2018年12月。 
この期に及んでこのタイミングでの新たな出会いに運命を感じています。
どうもこんにちは、いずみです。
久しぶりに長文を公開する気がします。


何かと書いては消し書いては消しを繰り返してたのですが、やっぱり新たな出会いの掘削→供給が一番ガソリンになるのかもしれないなあとじわじわ身にしみています。
とはいえ、ただの10/21以降の現実逃避と言われるとまあ返す言葉がないんですが、この出会いをくれたのも巡り巡って彼らなので、きっかけをくれてありがとうという気持ちです。


さてさて前置きもここまでにして、内容ですが、まあストレートにタイトル通りです。
私立恵比寿中学にハマりました。

 

 


きっかけは簡単で、この夏に彼女たちが主演で配信された「君は放課後、宙を飛ぶ」というドラマです。
このブログを読んでくださっている皆様には今更説明も不要かとは思いますし、タイトルにもデカデカと入れちゃったんですけど、ドラマを見始めたきっかけはご存知・石原壮馬くんがキーキャラクターとして出演してたからなのですが、そこからあれよあれよという間に落ちてしまった…んですよね……ハハッ
毎度毎度アクロバティックな入り口から転げ落ちることに定評のある私ですが、今回もまた「そこからですか!」という落ち方をしている気がします。

 


私立恵比寿中学ーーーエビ中ちゃん達のことはもちろん前からぼんやり程度は知ってて、スタダ所属のももクロちゃん達の妹分で、すげーアニメ声の子がいる(いた?)のと、残念ながら亡くなってしまった子がいて、学生時代の友人が一時期「K・A・R・I カリカカリカリ!」って言ってたのが確かエビ中、くらいの認識でした。
「すげーアニメ声の子(つまり廣田あいかさん)」という認識はMステかなんかでSMAPのおじさん達*1がいじってた記憶と、松野莉奈さんについての一連の記事は、一端のドルオタとしてある程度追っていたからです。
それでもその程度、お茶の間には少し毛が生えた、とはいえドルオタだけど他岸だから全然詳しくない、そんな程度でした。

 

 


私がドラマ「君は放課後、宙を飛ぶ(通称「きみそら」)」そのものに触れ始めたタイミングは、Amazonプライム見放題からの配信開始でした。
もちろん壮馬くんがこのドラマに出演してることは情報解禁時から知っていて、エビ中ちゃん達と共演してることも、壮馬くんの演じた役があまりにも設定盛り盛りで属性の交通渋滞みたいになってること*2も、それがdTVで配信されていることも知っていたのですが、私がdTVの会員では無かったことと、今年の夏は実生活がハチャメチャにムチャクチャだったため、追わずにスルーしていたんです。
そんなこのドラマが11月2日に突然Amazonプライムから見放題配信が始まったことをTwitterのTLで知って、dTVは会員じゃないくせにアマプラ会員だった私は大喜びで飛びつきました。



↑当時のツイート
今思うとフォロワーさんがRTしてくれてなければ気づいてなかったので、やっぱり新たなジャンルとの出会いは人きっかけだなあと噛み締めています。


そんなこんなで視聴してみたらなんと1話10分強。
なんとサクサク見れるんだと、どんどんと見進めました。ついでに尺が短めだったからこそ、同じ話数を何回か繰り返してもそんなに時間が経つこともなく、もとから同じ話を繰り返し見るタイプの人間だった私には、うまいことハマったんですよね。
最初は壮馬くん演じる葉山リゲルにばっかり目が向いていたのですが、繰り返し見るうちにどんどん彼女達自身の魅力にのめり込んでいって、最終的に全話完走した頃には「6人全員超かわいい」という感想しか出てこなくなりました。

少しきみそら感想ですが、あのドラマの好きなところは天文部の面々が妙にドンキを過信してるところと、突然のコナミコマンドです。「とりあえず、ドンキに行って、探そうか(五七五)」


休みの日に時間を作って一気にきみそらを視聴。
きみそらを見続けているうちに、毎度毎度いいタイミングで刺さる主題歌が大好きになっていて*3、試しにyoutubeで調べてみたら、まあ公式チャンネルさんがMVを上げてらっしゃるではないですか。
やったー!見よー!!と安易に再生して、

 


私は静かに泣きました。

 

 


私は、頑張ってるアイドルが大好きです。
ずっと昔からSMAPが好きだったのも、モーニング娘。ちゃんとハロプロを追っかけてるのも、ドリフェス!のDearDreamとKUROFUNEを好きになったのも、その頑張りを確かな力とスキルに変えて、完ぺきな「プロ」としてステージに立って、スポットライトの下で笑っているのを応援したいと思っていたからです。
だから、初めて見た私立恵比寿中学のMVが、この「響」だったことが、最高に私に刺さりました。


 

当時11月中ば、私はドリフェス!武道館からあんまり立ち直ってなかったです。

そんなタイミングで声高にアイドルに

明日世界が終わっても この音は止まらないんだ

ここにいるよ 君が存在証明だ

と、彼女達が歩んできた何年もの歴史を背景にしながら歌われたことが本当にめちゃくちゃ私にタイトル通り「響」いて、一人で静かに泣きました。

 


それからはもう転がり落ちるようにこのMVの背景事情を漁り*4、この曲が入ったシングルの他の曲を聴いて、あまりの楽曲ごとの振り幅の違いにひっくり返ったり、っていうか歌上手すぎない!?!?!?!?!?!?などと慌てながら1枚前のシングル「シンガロン・シンガソン」を聴いてまたひっくり返り、そこから現状最新アルバムの「エビクラシー」を漁り始めて、「感情電車」のMVを観て、松野さんの記事をもう一回片っ端から洗い直してスンスンと泣いて、「中辛」と「中卒」のアルバムを聴いて「カリカリってなるほど!仮契約のシンデレラってこれかあ!!」となって、「誘惑したいや」をエンドレスで聴いてるのが今です。あと「サドンデス」が好きです。岡崎体育。朝ドラのまんぷくを見ながら「これがあのサドンデスの…」と思っています。

最近はYouTubeの公式チャンネルに上がってるEBINOMICSの映像を見ながら出勤前にテンションを上げる日々です。

真山さんの細身の身体から溢れる力強さが、安本ちゃんのクリクリのおめめと透き通った声が、ひなたちゃんの震えるようなソウルフルな歌声が、みれいちゃんのキュートな笑顔が、ぽーちゃんのあったかい陽だまりみたいな歌声が、莉子ちゃんの一生懸命な姿が、ぁぃぁぃの実は根っこはド真面目なのではないかという雰囲気が、莉奈ちゃんの美しい立ち振る舞いが、全部が魅力的で堪らないです。

 


私はプロフェッショナルなアイドルが好きなので、ダンスも歌も全力な彼女達がすごいと思います。

楽曲も可愛らしい曲からコメディソング、電波(?)曲に力強いメッセージソングまで幅広くて、アイドルらしからぬ、でも実際はどストレートなアイドルの彼女達がとても魅力的だと思います。

そんな彼女達の背景には、実は結成以降のメンバー遍歴もそこそこ変動が激しく、病気や怪我による離脱や松野さんの件など、なかなかハードな試練が幾度となく降りかかっていることを知りました。そんな中でもスキルを磨き続け、ステージの真ん中で全力で歌い続ける彼女達に、どうしようもなく惹かれてしまったのです。

彼女達が何も知らない私に力強く、そして優しく歌ってくれた

 

ギャンギャンギャン 泣いてもいいんです

(シンガロン・シンガソン)

 

頑張る上手になりたいね 楽しんだりもっと忘れないで

(感情電車)

 

という言葉は、大好きな推し達が活動休止して悲しみに暮れ凝り固まってた心を癒してくれましたし、

「私だけ見て!」

「契約してくださーい!」

あまつさえ

姫にしてぇぇぇぇ!!!

と叫ぶ彼女たちの声は、たしかに私のことを笑顔にしてくれました。

これって、まさにアイドル・エビ中ちゃんたちの力だったんだなあと思います。

 

 

 

私は、めちゃくちゃアイドルが好きです。

頑張ってる可愛い女の子が好きです。

アイドルを長く追いかけてると下手な知識から評論家ぶってしまうことがあって、アイドルが好きなのにアイドルを斜めで見てしまうことや、好きになった分だけ突然降って湧く別れに心を壊しそうになることがどうしても多くなっていって、そんな自分が正直嫌でした。

でもエビ中ちゃんたちと出会って彼女たちのことを調べていくにつれ、なんだかそれすらも全面肯定してもらえるような気分になって、正直凄く心地いいんです。出会いも別れも喜びも苦しみもぜんぶ必然で、でもその正負の感情全てを飲み込んで彼ら・彼女らはステージに立っていること、アイドルを追いかけながらも気づくと忘れかけていたそのことを、改めて思い出させてもらえるようなら気分になります。

改めてアイドルっていいな、大好きだなという初心をまた思い出させてくれているような気がして、そんなシンプルだけど忘れちゃいけない真理をまた目の前に提示してくれた私立恵比寿中学に感謝をしなきゃいけないなあと思うのです。

 


彼女たちを好きになったきっかけは、ちょっと邪だったかもしれません。共演してた別の俳優さん経由だった、なんて、ほんとはあんまり大きな声で主張すべきものじゃないのかもしれません。

でもこの繋がりのおかげで私は彼女たちに出会ったし、その前に彼らに出会ってたおかげで2018年の今このタイミングでエビ中ちゃんたちに出会って好きになれたんだよなあと思うと、私も彼女たちみたいにさまざまな背景事情が今に繋がっているんだということを実感させられるので、これもアリかなあと自分では肯定しています。

それでも、こんなきっかけで彼女たちを見つけた私が\ここにいるよ!/ということをすこしでも存在証明できればいいなと思います。

 

 


この言葉が彼女たちには直接届かなくとも。

2018年末。私はたしかに彼女たちーーー私立恵比寿中学を、好きになりました。

 

 

 

 

 

 

*1:確か慎吾が面白がっていじって木村くんが爆笑して撃沈したのって彼女相手だった気がするんだけど記憶違い?ちなみに私はSMAPオタです

*2:帰国子女で元ウィーン少年合唱団員。この人UFOに関係あるんじゃないの説。詳細は公式HPへGO!

*3:ノーイントロで綺麗でパワフルな歌声が流れ出すのが最高。いいドラマはいつも最高のタイミングで主題歌が鳴る

*4:MV終盤のライブ映像が廣田あいかさん卒業公演翌日、6人体制での初公演で初披露された時のものだったと知って心底慄いた

半年分のくだらない話

※あまり面白い話ではないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

*    *    *

 

世間の事象がめまぐるしく変化した2018年最初の四半期、私はニートだった。

 

新卒から勤めていた会社を、思い返せば成り行きと勢いだけで辞めた。

上司にジョブローテの相談をしていたはずなのに、それが難しい、という結論になった途端「じゃあ辞める日決めないとな」と告げられ、はあ、などと言っている間に2017年いっぱいで退職することが決まった。10月末のことだった。あー私辞めるのかーとうとう仕事辞めるのかーなどと他人事のように思っていたらアレよアレよと事が進み、結局その日付通り12月の締め日で辞めた。

元々あの職が限界ではあった。限界だったからジョブローテの相談をしたのだが、所詮中小、それが難しい状況だった。半ば分かりきった結論だった為、じゃあ仕方ない次の職でも探すかとは思ってはいた、思ってはいたがまさか先に社長側から「辞める日決めないとな!まあ第3期が終わる頃が一番都合いいだろ。12月いっぱいってとこか?」と切り出された時は、辞める意思を固めていたとはいえ少し焦った。なぜなら時期が時期だったからだ。当時はもう10月下旬。地方の限界一人暮らしでジリ貧自転車操業な生活していた私に、あと2ヶ月で勤めながら初めての転職先探しをし、辞めた後安心して生活できるだけの蓄えを貯金することの同時進行は出来ないだろうと心が折れた。悲しきかな限界自転車操業マンには家賃を安定して払える程の貯金がなかった。

諦めて2ヶ月仕事をして、その後は実家に帰ることを決意した。

「石の上にも三年って言うだろ?入社した時にも言ったけど、三年弱やってみてやっぱりってなったってことは、やっぱり君には向いてなかったんだよ」とは、ありがたき社長の言葉だ。向いてないから次に行きなさいと背中を押してくれる社長というのは本当はありがたいことなのかもしれない。でも新卒からこの会社で働いてここしか知らない私にとって「向いてない」とトップに言い切られてしまったことは物凄い衝撃だったし、おそらく社長としてはこの後に続いた「でもこの経験は無駄じゃないと思うから次でも糧にして頑張りなさい」を伝えたかったんだと思うが、その前の言葉がなかなかにショッキングだった私には当時はその励ましはあまり響いてこなかった。

今思えば、有難い言葉だったのだと思う。

ちなみに「俺がみっちり研修した世代だからお前たちのことは最後まで面倒見るから安心しろ」と、以前私たち同期にそう言い切った副社長からは、ジョブローテの相談を持ちかけてから辞める結論に落ち着き退職するまで、結局一切のレスポンスが無かったし、退職間際に本社に挨拶に挨拶に行った時もまともな反応は帰ってこなかったのが少し悔しい。

 

そんな退職を決め粛々と残りの日々を勤め、そのまま退職し職探しをしている間、私は何の因果か非常に奇妙な生活をしていた。

 

 

 

 

前職に、一つ下の営業の後輩がいた。

が、別の拠点に配属されていたので、当初は大した接点はなかった。強いて言えば外部イベントに若手が駆り出された際に顔を合わせたり、研修で一緒になったり、そんな程度だった。

彼は出会った時から骨の髄から営業マンだった。客でも上司でもない、そこまで仲良くもない他拠点所属の人間でしかない私ですら「その服いいですね!似合ってます」とか「今くらいの長さの髪が一番綺麗だと思いますよ」などとポロっと会話の中で自然に褒め出すので、普段から当時の上司にボロクソこき下ろされ続けていてあまりにも褒められ慣れていない私は正直泡を食った。多分そんな他人でしかない私にですらこうなので、普段からこういう人間なんだろうと悟った。なんとも営業マン向きな人間だと、いつも感じていた。

10月の半ば、会社をあげて大型イベントに出展した。事前準備から当日の3日間がっつり取り組む大きなイベントだったのだが、その時のメンバーに私と後輩が含まれていた。歳が近いのがお互いだけだったので、そこで初めてしっかり長く話した、そんな気がする。体力的にも精神的にもきつい外部仕事だった。お陰で仕事の愚痴も弾む弾む、終わった頃には随分と打ち解けていた。

「先輩、打ち上げにご飯食べいきましょう。回転寿司がいいです」

その誘いに私は二つ返事で乗った。

 

彼は私の勤めている拠点の近くの、語弊を恐れず言うと古びたアパートで一人暮らしをしていることを、この時初めて知った。

「大学時代からずっと住み続けてるんで、慣れたもんですよ。不便もしてませんし、今更引っ越す気もあんまないですしね」

しこたまドレッシングのかかったサーモンの寿司を食べながら、彼は笑った。

「でも冬に部屋の中冷蔵庫みたいに冷えるのだけは何度体験してもきついんですよねぇ」

大人しく引っ越せばいいのに、と思った覚えがある。

分かってはいたが彼は骨の髄まで営業マンだったので、何より会話がうまかった。気づけば私の話を相槌を打ちながら聞いていて、適度に私が喋りやすいように質問を投げかける。プロと話をしているとずっと感じていた。気づけば長いこと話し込んでいて、彼の出身が私の祖父母の家とごくごく近所なこと、やり込んでいるゲームが似ていること、お互い地元を離れて一人暮らしなので休日はひきこもってゲームに興じることなど、とめどなく話し続けている中で妙な共通点がたくさん見つかった。ただ、どういった会話の流れだったかまでは覚えてないのだが、私はそこで彼に説教をされた。

「先輩は自分を綺麗じゃないとか可愛くないとか俺に言いますけどね、俺はそんなことないと思いますよ。自分を卑下しないでください。先輩はめっちゃキレイな方です」

ここは語弊なしで恐ろしい奴だと思った。こいつは絶対にモテる男だろうと妙に確信した。後輩ながら末恐ろしい人間だと思いつつ、先輩面をしてそこの会計を全部持った。

「せっかくなんで、今度は飲みに行きましょう」

その日はお互い車だったので、ファミリー向けの回転寿司チェーンだった。会話自体は楽しかったし、恐ろしい奴だとは思ったが遊んでいるようではなかったし、人のことをよく褒めるのは営業マンとしてはスキルの一環であるのはよく身に染みているつもりだった(私も仕事では使っていた)し、悪い奴ではなかったので、大人しく連絡先を交換して帰路に着いた。

 

それから数日、定休日前日のお昼時だった。

彼から連絡が来た。飲むと絡みが鬱陶しいと名高い別の先輩から、今晩サシ飲みの誘いが来たらしい。

「先輩一緒に来て助けてくれませんか?」

残念ながら私はその日夜に友人と食事の約束をしていたので、その旨を伝えて丁重にお断りした。私は私で高校時代の友人と思い出話に花を咲かせつつ、「がんばれ」とだけ彼の携帯に連絡を入れた後は、街の繁華街で飲み漁っていた。

日付が変わって、しばらくした頃だった。

友人と別れて駅前でタクシーを探していた私のスマホから通知音が鳴った。

「先輩、どこで飲んでるんですか?」

駅前で飲んでいたこと、もう帰路についていることを伝えると、彼は相当酔っているの何やら喚き出し、ついには

「先輩と飲み直したいので、先輩の家に行きます」

と告げてきた。我が家?なぜ我が家?などと酔った頭で混乱してるうちにタクシーが我が家の前に着き、降りて運賃を支払っている間にもう一台タクシーが着いた。そういえば前にイベント出展の際に停める車の台数をできるだけ少なくしろと言われ、家から彼に拾ってもらい二人で直接現場に出向いたことがあった。うっかりしていたらもう家の前に集う私たち。時刻は午前2時だった。

そもそもここで家にあげる選択肢を取ったのが全ての間違いだったのだろうと思う。酔っていたことを言い訳にするつもりはないが、酔った勢いに任せてしまったという言葉がおそらく一番ぴったりだっただろう。

家にあげて、玄関を通り短い1Kの廊下を通り抜け、真っ暗な部屋の扉を開けた瞬間に、ぐっと後ろから抱きすくめられた。ああやっぱり、そんな気持ちが大きかった覚えがある。そのまま色々と耳元で囁かれた記憶があるが、内容までは細かく覚えていない。そのままジリジリとベッドに追いやられ、ちょうど目が暗闇に慣れ相手の顔が認識できるようになった頃、

「俺を都合のいい男にしてくれませんか?」

と言われたことだけは鮮明に覚えている。

どう返答したかまでは覚えていない。

 

 

その日以来、彼はよく私の家で過ごすようになった。

彼の部屋が私の職場の真脇だったのとは逆に、私の家は彼の職場の真脇だったのだ。彼のオンボロアパートに比べ我が家は多少広く、かつ鉄筋コンクリートであったが故にそこそこ暖かく、これからくる田舎の寒い冬ごもりの巣にするにはちょうど良かったのだろう。

私は私で前述したように退職の件で上司や社長と話を重ねていた時期だったので精神的に弱っていて、家に人がいるということがこんなにも精神衛生上良いことなのかと噛み締めていた。

こうしてあまりにもわかりやすく、私は彼に、彼は私の家に徐々に依存するようになっていった。

私は仕事終わりにスーパーに寄り買い出しをし、自分では飲みもしないビールを買い込み、帰宅して二人分の夕飯を作り、二人分の洗濯を回した。その間に後輩を風呂場に叩き込み、夕飯の準備を済ませ、風呂から出てきた後輩は冷蔵庫から冷やしていたビールを取り出し、その後二人でちゃぶ台を囲みながら夕飯を食べつつテレビを眺めて洗濯を干し、そして眠った。朝ドタバタと化粧をする私を横目に後輩はのほほんと髭を剃り、そのまま我が家から二人で出勤をする。職場は異なるとはいえ同じ企業だったので定休日は同じだったので、休みになれば二人で車に乗って適当に買い物をしたり、家でずっとゲームをしたり、思いつきで遠出をしたりした。

長年一人で暮らしていた部屋で、一瞬にして二人での生活が日常になった。

 

 

付き合っているわけではなかった。

少しずつじわじわと既成事実だけを積み上げて、敢えて表現するとしたら最初に後輩が言ったように「都合のいい男」と「都合のいい女」の関係になった。白だとか黒だとかそういう言葉は何もなくて、彼は私が呼べばうちに来たし、呼ばなくても来た。彼は「ここの部屋は人がいるし鉄筋コンクリートだし暖かい」などとのたまいながら、私のアパートの部屋で私のジャージを着込んで、私の買ってきた缶ビールを片手に一緒に準備した夕飯を食べ、我が家から出勤していった。

思い返せば、私は私で職場の辞める辞めない騒動で自分自身がメンタルヘルスがベコベコだった為、頼られたり拠り所にされたり尽くしたりすることはやぶさかではなかったし、名前がついていなかったとしても、この関係性は嫌いではなかった。時にはでろでろに甘やかしてくれたし、時には頼りになって、案外この関係を楽しんでいる自分がいた。それは重々分かっていた。

側から見ると完全に付き合っている男女だったのだろう。私たちが行なっている生活も行為も、完全に男女の半同棲だった自覚はある。でも決して私たちの間にそのような言葉はなかったし、暗黙のうちにその言葉を出してしまったら今のこのフワフワとした関係が終わるような確信があって、敢えて好きだの嫌いだの惚れた腫れただのというような話を避けていた気がする。

私と彼は、決して恋人ではなかった。

 

当たり前のように友人からは怒られた。もっと自分を大切にしろと泣かれた。

ただ私自身は自分を雑に扱っているつもりは全くなくて、逆に自分が依存していることも薄々理解はしていた為、そうだね〜と言いつつも終わらせることに関してはどこまでも後ろ向きだった。

前述の通り、私は仕事を辞めて実家に帰ることを決めていた。だからアパートを引き払う話を進めていたのだ。私自身この状態を終わらせることにどこまでも後ろ向きだったにも関わらず、物理的なリミットは間違いなく存在していた。もちろんそれは後輩も私が辞めることも引っ越すことも全て把握した上で入り浸っていたし、それを持ち出して夜に喚く私を宥め、諌めてくれることも多々あった。

退職が社内で開示された際、社内の人から「これから忙しくなるのに中途半端な時期に*1」などと言われることがままあった。ありがたいことに惜しんでくれた方も居たのだが、後ろ指を刺されていることを突きつけられるのは流石に堪えた。恥ずかしながら私は荒れに荒れて、度々後輩を相手取って八つ当たりをしながら泣いた。迷惑をかけていたと思う。

「先輩は悪いことをしているわけではない」「辞めることは悪ではない」

「自分の人生を決めるのは自分だ」

そう言いながら毎回宥められていた私は、人として弱く子供だったと思う。逆に思い返すと、この時期も毎晩ひとりで家で過ごしていたらどうなっていたのだろうかと思うと今のように立ち直ったかどうかわからないので、少しゾッとする。まあ日々淡々と過ごすだけ過ごして辞めて、今よりも重く沈んだ状態で年度末を過ごしていたのだろう。

 

 

 

そのまま色々あったとはいえ予定通り私は12月末で退職し、1月中にアパートを引き払う流れになった。

後輩は私が仕事を辞めたあとも我が家に通うことはやめなかった。年を跨いで明けても、明けましておめでとうございますなどと言いながら我が家から出勤し、我が家へと帰宅した。私は日中荷造りをしながら夕飯を仕込み、帰宅した後輩を甲斐甲斐しく出迎えるようになった。

今思い返すともうこの時点では完全に戻れなくなっていたのだろうと思う。度々「とりあえず撤収する」と荷物をまとめて出ていかれる度に異様に心細くなり、もう何年も一人で住んでたはずの部屋に一人でいるのが非常につらかった。そしてそのうちこちらから連絡をしてしまうザマだった。依存している自覚は勿論あった。つらかった時に寄りかかってしまった所為で、ひよこの刷り込みのような状態になってしまっていたのだろう。

そんな生活がしばらく続いた。

 

 

 

2018年1月中旬。あらかた荷物も実家に運び込み、アパートの引き渡し日まで残り1〜2日を切った時点でも引き続き後輩は我が家で寝泊りをしていた。もうすぐこんな生活もおしまいだねー、そうだねー長かったねー。そうです気づいたら3ヶ月もこんなことやってたんです。

この時点で私自身もう引っ込みどころがつかなくなっていた。一人で生活する際ののメンタルヘルスとか、誰か寄りかかる人間のいない時の生活方法とか、そういった一人の人間として「自立」ということから遠く離れて、軸がデロデロに溶けて無くなってしまっていた。もう無理だと、このままでは離れられないと、そこまで思い詰めるほどになっていた気がする。今思い返すと滑稽で仕方ない。しばらく人と生活することを忘れていた人間がその楽さから逃れられなくなっていただけだったと今なら思えるのだが、当時の私には深刻だった。

 

「好きになってしまった」と。

アパート引き渡し直前の夜、そう告げた時の彼の初期反応はなんとも言えない声色の「そうか……」だった。明確ではなかったが、確実な拒否だった。私は彼の中のカテゴリでは私が思い描いたところより少しずれた場所にいたらしい。分かっていたけど認めたくなかった。

しかし、どうあがいても私と彼は決して恋人ではなかった。

終わり方はあまり美しいとは言えなかった、と思う。思い出すだけで結構虚しくなるので多少ボカすが、話し合いをしようと向こう側の仕事終わりに待ち合わせをした*2近所のポポラマーマでそこそこ揉めた。分かってはいた結論に着地してるのになんだか非常に悔しかったので、過去最大級に完璧にメイクをしてしっかりヘアセットをして服も完璧に用意して戦地に赴いたのだが、向こうもそれを察したらしく「今日すっごく綺麗にしてるね」と声をかけてきた。半ばやけくそ気味に「そうだよ、そりゃそうだよ」と吐き捨てたら、ごめんと謝られたのが凄まじく悔しくて虚しくて、それでも恋心を捨てきれなくてなんでこんな歳になってまでこんな不器用で馬鹿みたいなことしてるんだ私と、羞恥と自責がぐるぐるのごちゃ混ぜになって、正直ものすごくしんどかった。

完璧にメイクした顔は、一人で帰宅して鏡を見たらボロボロのパンダ目になっていて、マスカラまつげかよと乾いた笑いが出た。ドリカムのMVに出られるのではないか。私は付き合ってなかったけど。ハンカチは所々黒かった。

 

 

修羅場を起こしたのちアパートを引き払って以来、ニートと化した私はしばらく実家に引きこもっていた。

手に職がない状態で半同棲をしていた男にこっぴどく振られ、全て自分で蒔いた種とはいえ精神的ダメージが酷かった。とにかく何をするにも気力が湧かなくて、メディアや交通網が大混乱するほどの凄まじい豪雪だったことを言い訳に家から出ず、毎日ひたすら家の前を雪かきする日々を送っていた。当然何もせず引きこもっている無職のアラサー娘に対して親の風当たりがよい訳もなく*3、些細なことで衝突を繰り返しては部屋に閉じこもる状態だった。

 

当然情緒は相変わらず最悪な年中生理前みたいな状態だった。

たくさん逃げ口実を作りながらひたすら惰眠をむさぼり雪かきをしながら家政婦のように実家の家事をこなすことで時間を消費していたが、時間が消費されると同時にやはり金も消費されていくもので、生きていくだけで税金やら年金やら保険やらでお金がみるみる飛んでいく。目減りしてゆく口座の残高は私の恐怖感や焦燥感を毎日のように煽り続け、単発の工場バイトでお茶を濁しつつ、気がついたら雪の峠を越え始めた頃、些細なことでぶつかり続けては放置し続けてくれていた両親の堪忍袋の尾が切れた。

私が仕事を探している様子がないのにほっつき歩いてたこと*4に痺れを切らしたらしい。これ以上親の脛をかじり続けるわけもいかないことは分かっていたので、勢い任せで腹をくくり本格的に転職活動を始めた。

気がつけば時間をドブに捨てたような1〜2月が終わり、暦は3月に突入する頃だった。

 

様々紆余曲折はあったがなんとか結果無事に内定が決まり、脱ニートを果たした私はそのまま再度引っ越しすることになった。数ヶ月前に梱包した段ボールをまるでピストン輸送のようにそのまま抱えて実家を飛び出し、再度別の土地で一人暮らしを再開して今に至るのだが、正しく換算すると昨年10月末以来の完全ソロライフなので、実に半年ぶりの一人暮らしだった。

正直最初は心配だった。

前住居の最後が完全に一人は無理!状態だったので、今回もそうなってしまったら嫌だなと思っていたのだが、意外となんとかなっている、気がする。一人が当たり前だと一人で生活するのがスタンダードなので、別に何か不足をしているように感じることもないのだと知った。昨年10月末以前の自分に戻っただけだと、だいぶ安心した。

実家にいた頃は衝突ばかりだった両親とも、また物理的距離が出来てからは予想以上に穏やかにやり取りをしている。そもそも決して仲が悪い訳では全く無くむしろ関係は良好なはずなのだが、たぶん私の立場や心理的状況が異様に悪かったせいで毎日ぶつかってただけなので、実家や両親は大好きだけど、もう私の住むところではないのかもしれないなと一抹の寂しさを覚えている。

 

 

 

 

ここで告白するが、後輩の件の彼とは、完全に縁が切れたように見えて実はそうではない。

今だに時々くだらないLINEのやり取りをして、時々「早く俺よりも良い男を見つけなよ」と言われる。その都度未だ捨てきれない未練とか虚しさとか遣る瀬無さとかがごちゃ混ぜになったハチャメチャな感情が湧いたりもするのだが、一時期よりはだいぶ穏やかになった、と、思う。たぶん。

 

 

後輩の話に戻るが、何故ここまであの人に固執してしまうのかと考えたことがある。

褒められたことをしていたとは一切思ってない。一般的に見れば私の行動は間違いなく過ちで、私が私の友人の立場でも怒っただろうし、全力で止めたと思う。

あの後輩は考えてることも行動も私の思考とはかけ離れすぎていて分からないことだらけなのだが、だからなのかなあと、少し思った。彼には私の世界観をガラッと変えられてしまった気がしている。

後輩はどこまでも自由で、猫のような人間だった。

要するに超絶マイペース。ゴーイングマイウェイ。自分の思ってることを肯定して素直に口に出して行動することの何が悪いの?って感じ。私にはそれが新鮮すぎたのだと思う。

私は自分に自信を持てたことが人生で一度もない。言い切るが本当にない。自己肯定できた試しがない。

いつでも自分に自信がないし他人の目が怖いのに、絶対に悪く見られたくないし幻滅されたくないと思ってしまうのだ。だからいつでも全力で猫をかぶるしあまり本音を曝け出したことがない。自分の考えを持つのも苦手で、どうしたいのかと聞かれると戸惑ってしまう。伝えたことを否定されるのが怖いから。

それでもそんな私を肯定してくれて、悪いところはだめだと指摘して、それをすごいと告げるとそんなの当たり前だろとでも言うように唸る性格があまりにも眩しくて、こんな私でも明け透けになっていいと言ってもらえたような気がして、無い物ねだりでそんな性格に憧れてしまったのかもしれない。実際後輩の前だと取り繕うことは本当に少なかった。素直に笑うし怒るし悲しむことが、こんなに楽だと思わなかったことに、気づかされてしまったのだ。

それでもいつでもこんな生き方は、私にはどうあがいても無理だから。

今だに時々あまりの無神経具合に繊細ヤクザみたいな私は凹むこともあるが、たぶん無頓着なだけだから私もそんなもんかと思うようにしている。

図らずも出来た物理的距離が依存を薄めてくれているような気がして、このまま少しずつフェードアウト出来ればいいなとは思っている。

 

 

 

 

自分でもこんなことになるとは全く思っても見なかった。顔の良い男追っかけてただけなのに、よく分からないうちになし崩しに男と暮らして男と修羅場を繰り広げていたことに、思い返して自分で笑ってしまう。まるで面白みのない使い古された同人誌のネタのようで、あまりにも滑稽だ。

それでも当時の私は必死だったし、正直今でも相当必死だ。生きることは大変で、もどかしくて、うまくいかなくて、弱い私はいつだって依存先を求めてしまう。それが普段はゲームだったりアイドルだったりしたのだが、偶然近くに降って湧いた男に縋ってしまったのが運の尽きだった。それが思いの外心地よかったのだ。ものすごく久しぶりに触れた温かな人肌は、すっかり忘れ去って頭の奥深くに仕舞い込んで埃を被っていた私の「女」を引っ張り出したし、それが自分でも久々にワクワクしてしまったんだと思う。綺麗にまとまった。つまりそういうことである。私は弱い人間で、何かに縋ってないと生きていけない。アラサーにもなって、情けない限りである。反省はしておりますが出来れば石は投げないでいただければなと思います。馬鹿なことをした自覚は十二分にある。

もっと自分の足で立って生きていけるようにならないといけないなあと、毎日ずっと噛みしめている。

 

いつかもっと笑い話に出来ればいいなと思いながら、あの頃二人で住んでいたアパートとは遠く離れた土地で、今日も一人で出勤をする。

LINEの通知は、まだ鳴らない。

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

*1:前職の繁忙期は1〜4月だった

*2:あれだけ散々我が家に入り浸ったのにこういう時は外食だったのが思い返せば腑に落ちない

*3:出戻った当初はそこそこ腫れ物扱いをされたがしばらくすると当然だが完全にニート扱いになった

*4:横浜にライブ行ったりしてました

その光に彼等と私達は夢を重ねた

こんにちは。

たくさんたくさんいろいろ思うこと思ったことがありすぎて逆に文字にまとめるのが難しくて、書いては消し書いては消しを繰り返しています。

 

ドリフェス!がゴールを明示しました。

わざわざ私が言わなくとも、私のこの拙い文章たちを読んでくださっている皆様には周知の事実なのでしょうけども。

今になって振り返ってみると、このブログ自体がある意味私がドリフェス!を知って好きになって生活の一部になるまでの軌跡のようなものでした。

 

そんな私のライフサイクルのひとつが、終わる。

ものすごい虚無感と言いようもない悲しさで、とりあえず一晩泣きました。

こんな思いをまた経験するなんて、私は思ってなかったから。

 

何度か書いたことがあると思うのですが、私はSMAPファンです。物事ついたときから、20年来のファンでした。

そんなSMAPが私の前から姿を消してしまって、でも私の時間は進んでて、今まで通りに彼らの曲を聴いて映像を見て、写真やグッズを手にしてまるで平静を装って、解散したけど彼らの証は残るから今まで通り平穏無事な暮らしを送っていますよって顔をして、でも彼らはもう居ない。そんな事実に背を向けて、有難い事にそんなことを考える暇もなく仕事に忙殺されるようになっていって、とにかくがむしゃらに生活をこなしていたのが2017年序盤でした。

私がドリフェス!と出会ったのが、そんな虚無感を背負いながら残業に次ぐ残業でボロボロだった時期で、そんな完全にボロ雑巾のようだった私にドリフェス!はまっすぐエールをくれました。

 

何度も歌を歌うよ(一緒に創りたいんだ)

君の笑顔が Real Dream!

 

その言葉に何度も何度も励まされました。(Real Dream!信者)

 

正直、妙な安心感と慢心があったことは否めません。

だって天下のア◯ューズとバン◯ムやろ〜〜〜〜バンプ◯ストまで噛んでるでっかいプロジェクトだし、DDちゃんだってド!の枠超えてはたおにやってるやんけ〜〜〜〜〜!万が一プロジェクトがとりあえず行き着いてもユニットとしての活動は続くだろ〜〜〜〜〜〜!

みたいな気分でいたのは否定できない。でも、彼らの口から直接聞いた「全てを畳む」という言葉を聞いて、自分の認識が完全に間違ってたことに気づかされました。

だってドリフェス!って5次元アイドル応援プロジェクトなんだから。2+3=5次元なんですから。

2次元のDearDreamとKUROFUNEがいて、3次元にもDearDreamとKUROFUNEがいて、両方があるからこその彼らだから。DearDreamにしろKUROFUNEにしろ、片方だけが動き続けるなんてことは、きっとあり得ないのだと気づいた瞬間、ふっと腑に落ちました。

奏くんたちと、壮馬くんたちは、表裏一体だから。

 

私、初めてだったんです。
ドリフェス!というジャンルにいて、悲しくて泣いたことは今回が初めてでした。
生放送が始まった瞬間の7人の表情、直後絞り出すように、多少詰まりながらも絞り出すように事実のひとつひとつを口にする壮馬くんの声のトーン、暗くなりすぎないように今までの思い出を出来るだけ明るく話すみんな。その全てがまるで張りぼてのように見えて、すごくしんどかった。

泣きました。そりゃもうはちゃめちゃに泣きました。友人氏と通話しながら、何でこんなに泣いてんだろってくらい泣きました。
「あの時もっとこうしていれば」
「もっと色んなこと出来たはずなのに」
「エールが足りなかったのかな」
そんなことばかり考えてしまって、悲しさと悔しさと寂しさが全部一緒くたになって、心の落とし所が見つからなかったんですよね。
でも、私が考えてしまうそんなことは、きっとプロジェクトのスタッフさんや、もちろんキャストのDearDreamとKUROFUNEのみんなも含め、プロジェクトに関わる皆様がおそらくずっとずっと話し合ってきたはずのことだと思うんです。それが全部あった上で、みんなで頭突きつけて揉んだ上でのこの結論なら、私はそれをすべて飲み込もうと思ったんです。

 

決して諦めてるわけでも、物分かりのいいファンを演じているつもりはありません。

嘆き悲しむ声の広がるSNS上で、いくらつい1年前に似たような状況を味わった経験値があるとはいえ、意外としれっとしてる自分が正直嫌になります。

もちろん私も悲しいし悔しいし寂しいし、ふとした拍子に泣きたくなります。長いことドルオタやってますが、このような事態は何度立ち会っても苦しいです。

これは私のアイドルオタクとしての持論なのですが、私たちファンは、公式が揉んで揉んで話し合って考え抜く過程を知ることは出来ず、結果導き出された「大切なお知らせ」という結論を突然突きつけられることしかできません。受け取り方は人それぞれだと思います。でも私たちファンは、結論を受け止めることしか出来ない。一緒になって話し合ったり、方向性に口出しをすることはできません*1

もちろん受け取ったあと、どのように行動するかは個人の受け止め方次第だと思います。

私はここで、「いつも通り元気に生きよう」と思ったから、そうしています。

 

確かに終わりを示されてはしまったけど、個人的に少年漫画風に言うなら「まだだ…まだ終わっちゃいねぇ!!!」って感じなので、現状この2018年3月8日を過ごしてる私は、今まで通り彼らを糧にして、彼らのことを「好きだよ!」「大好きだよ!」と思いながら、目の前の生活をことをこなすべきなのかなと思いました。

もちろん口出しはできませんが、私たちファンが大きな影響力を与えることは可能だと思っています。それくらいのエネルギーとパワーがあるとこの間のパシフィコで強く思ったから。その熱量に対して今後公式からどのようなアンサーが返ってくるのか、私にはわかりません。

だからこそ、私は今まで通り、「大好きだよ!」の気持ちを胸に、いつも通り生きていこうと思いました。

だって、こんなにもキャストの希望を叶えて、私たちファンの希望も叶えてくれて。

ドリカ発射器出します!全国回って会いに行きます!コラボやります!新譜出します!ソロ曲作ります!ライブの円盤も出します!ファンミも映像化してオマケにつけちゃいます!ライブの円盤ひとつで2公演まとめようかと思ってたけど、やっぱり別で出します!研究室のアーカイブも別媒体に移動して配信継続します!夢の武道館でライブやります!

こんなジャンルある!?私は知らない。

でも、武道館はゴールじゃなくて、通過点が良かったな。

これは、紛れも無い本音です。

 

でも、悲しくて泣くのはこれきりにしたいんです。

これも持論なのですが*2、こうやって華やかに最後を飾ってくれるコンテンツって逆に貴重だと思うんです。往々にして尻すぼみになって静かに畳まれたり、気づいたら数年単位で更新ないんだけど…みたいなコンテンツだって、世の中にはたくさんあります。いつ頃から公式側が今回のようなビジョンを描いていたのかまでは私には分からないですが、それでも華やかなゴールを提示してくれる事実はありがたいことだと思います。

 

でも、それでも、今日でおーわり!はい解散!ってわけではないから。まだあの14人は走ってるから。

ゴールが見えてしまったって嘆くことは簡単です。でも私は彼らと一緒に走りたいと思います。

楽しい!ありがとう!大好きだよ!応援してるよ!

今まで通り前向きな気持ちをいっぱい伝え続けようと思います。だってまだゴールしてないし。ゴール無くなるかもしれないし…無くしたいし!*3

先日公式媒体に感謝の気持ちを送りました。返信不要ですって添えたのに、わざわざ返答をくれるところも大好きです。


私、ドリフェス!が好きです。大好きです。
ドリフェス!に出会って幸せです。たくさんの素敵な感情を貰いました。

ドリフェス!に出会えてよかった。
今悲しくてもつらくても、たとえどんなことがあっても決して揺らがないこの事実が、今の私を繋ぎとめてくれている、そんな気がしています。

 

聴いて?加速してく夢の鼓動

もう勢いだけじゃないと示してみせるよ

僕ら挑む未来へ 幕をあげろ

 

 

 

 

 

*1:できるほどファンと公式の関係性が近いアイドルプロジェクトももちろんありますが、私自身が経験したことがなくお話できないのですみませんが割愛します

*2:このブログは私の持論まみれでできています

*3:ぶっちゃけ私含め「ドリフェス!で人生変わった!」って人いっぱいいるくらいなんだから、ドリフェス!側が「ファンのエールでオチが変わった!」って言い出してもいいんじゃない?という気はしてます

取り急ぎユメノコドウまとめ

皆様こんばんは、いずみです。

DearDream 1stツアー ユメノコドウ最高超えてましたね!私は神奈川公演が最初で最後の参加だったのですが、本当に横浜まで足を伸ばして彼らを見に行ってよかったです。

そんな興奮冷めやらぬ翌日の今日なのですが、とりあえずTLにわめき散らしたことを流れる前にここにまとめて残しておきます。

たぶん書くであろう感想文が出来上がったら消します。

(2018.03.24 追加)

 

 

 

 

※増えたら追記します

 

ドリフェス!に出会った私の備忘録

そういうわけで前回の記事通り一日ひと狩りを目標にちまちまMHXをプレイしているのですが、どうしてもチャージアックスの使い方が掴めません。つい先日に羽生くんが「チャアクにはロマンがありますからね」って言ってたから、私もぶんぶん振り回したいのに…ロマンを理解できるには、たぶんあと100狩りくらいしなきゃダメな気がします。

どうもこんにちは。数時間ぶりのいずみです。

皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

運命のDearDreamの1stツアー横浜公演が近づいてきましたね。

私自身、ファンミやリリイベ等も含めド!の単独公演イベントには初参加なので、「とうとうここまできたんだな…(私が)」という気分です。

正直リアルに羽交い締めにされていて私自身エンジンがかかり切っていない自覚があるので、暖気運転の代わりに私とDearDreamを振り返ってみようと思います。

 

 

◆私とドリフェス!の出会い

きっかけは、このブログやわたしのツイッターにも時々登場する、教祖様と呼んでも過言ではない友人Nさんによる布教です。*1

遡ること2016年12月。アニメ第1期の放映真っ只中だったのでしょうか。いつものようにNさんと出かけた私は、車内でアニメを*2、ゲーセンで筐体を、出先のビュッフェでひたすら良い男たちの動画を見せられました。これが私とドリフェス!との出会いです。

↓当時の私

 

なぜかここまでお膳立てをしていただいたにもかかわらずここから本格的にド!に落ちることはなく、その直後2017年初頭に始めてしまったFGOからfate沼を突き進んでしまった私は、ここから本格的にド!に手を出し始めるまでもう数ヶ月の間が空くことになります。

 

 

◆沼に本格参戦

ド!と初邂逅してから数ヶ月。そこからもNさんとお会いするたびに定期的にド!の布教を受けるものの何故かそこまで靡くこともなく雪が溶け始めた3月末。いつものようにご飯に行ったNさんから運命のアルバムをお借りすることになります。

そう、それは記念すべきDearDreamの1stアルバム『Real Dream』でした。

ただしこの時お借りしてからもなぜか私はインスコしてiPodに入れた時点で満足し、そこから二週間ほど寝かせることになります。その先に待っている深い深い沼のことも知らずに。

そしてそこから年度も変わり2017年4月中旬。連日連夜の大残業でヘトヘトのボロボロだった私は、ふと、本当に思いつきのレベルで聴いてみようと思い立ち、移動中の車内でReal Dreamを流し始めました。

 

 

ご覧の通りですね。

そしてそこから1ヶ月。FGOでアルトリアを引くためにセイバーPUをぶん回したり、プリステep.2の為に上京して号泣したりしてる合間にもずっと『Real Dream』をひたすら聴き続け、そしてZeppでの単独1stライブが大成功した頃の2017年5月頭に出来上がったのがこちらです。

もともとオタクの皆様の熱量のある長文が大好きでした。「ミリしらの自分が◯◯レビュー」みたいな記事を読むのも好きでした。そんなオタク特有の長文ブログをよく読み耽っていた私は、いつか自分もそんな長文を書いてみたいという野望を密かに抱いており、まあそんな裏事情はともかく、そんな自分の野望とずっと勧め続けてくれたNさん、あとTwitterのフォロワーに他にも数人いらしたド!をお好きな方に読んで楽しんでいただければいいかなーって勢いのまま書き殴ったのがこちら。だったのですが、自分の想像を遥かに超えるたくさんの方に読んでいただけて本当に光栄でした。

そう、しかしこの頃の私はまだドリフェス!のことをまだよく知らない……

 

 

◆沼の淵のオタク、まさかの接近戦

『Real Dream』レビュー前半を書いた手前、後半を書き切るまでアニメもアプリも含め詳細はあまり触れないようにしていた5月も中旬。いつものようにNさんと遊んでいた私は、Nさんが持ってきてくれた神円盤こと『Documentary of DF Project』を観ました。そこでDearDreamをDearDreamとしてきちんと認識してから初めて観たMVの数々。そしてここ1ヶ月ずっと聴き続けていた『Real Dream!』のMVをこの日初めて観てなぜかテレビの前で号泣

「なんで泣いてるの!?」と隣でNさんが笑ってたことを今でも覚えてますが、いやあれは泣く。ドルオタの思い描く理想のMVここに極まれり〜〜〜って感じなのですが、『Real Dream!』に運命変えられたオタクはこのMVを語り出すと軽く5000文字くらい使いそうなので自重します。

そんな神円盤を無事に一通り見終え、今日はここで夕ご飯を食べてお開き…とはならなかったのが運命のいたずらでした。

詳細はこちらに書いてありますが、劇プレの握手旅が地元に来てくれたんですよね。勢いで参加して勢いで将熙くんと壮馬くんと握手をする展開に。たった数時間前に初めてMV観て号泣したばかりなのに。

この時勢い任せに叫んでたツイートが全部消えてて*3ちょっと後悔してるんですが、この日にもうこの人たちのこともっと知ろう追っかけようと決意した感じです。

 

 

◆そして沼へと

この数日後、握手を原動力に一気に『Real Dream!』レビューの後半も書き切ります。後半の方が情報量が増えているのはご愛嬌。

無事にレビューも書き切ったので、よし観ようと決めていた通りアニメ第1期を一気に視聴しました。

まあこんな感じです。楽しそうですね。

ここで注目してほしいのは日付です。2017年5月24日。これは完全に偶然だったのですが、私がアニメ第1期を一気に視聴した翌日が、ドリフェス!のアプリ1周年記念日でした。「この日からアプリを始めるときっと良いことがいっぱいあるよ!」といつものようにNさんに教えてもらった私は、1周年記念日にアプリも開始。

あとはもう転がるように私が追いかけて見ていなかった1年半分を必死に漁り始めます。もうこの段階で今の私ですね。

 

 

◆そのあとの色々と今

まあそのあとは狂ったようにでぃあふねちゃんを追っかけ、と同時にアニメ2期が始まり、ファンミの03の配信見て号泣したり、幸運にもリスウフに参加させていただいたりと、怒涛の数ヶ月を過ごして今に至ります。

私がここまでドリフェス!に落ちたのも、色々タイミングが噛み合っていた気がします。アプリ1周年だったり、アニメ2期だったり、自分自身もちょうどプリステにハマっていたので若手俳優の方々への見聞が広がってた(運良く猫ひたも齧ってた)り、ずっと追いかけていた推しが解散して心の置き所に迷っていたり。そんななんやかんやが上手く絡み合った結果が今の私だと思ってますし、今の私はめいいっぱいキラキラしてるでぃあふねちゃんを眺めて応援してるのが心底楽しいので、よかったなーと思ってます。

ドリフェス!に人生を変えてもらった2017年が終わってから、早1ヶ月半。

2018年2月25日以降のDearDreamとKUROFUNEにも、いっぱい期待しています。

 

*1:彼女の布教力は凄まじく、ド!以外の例をあげると彼女のプッシュにより公開3日目くらいに迂闊に観に行ったキンプリは、最終的にトータル二桁ほど劇場に足を運びました

*2:思い返せばあれはトラシグがうさぎ跳びしてたので第1期4話だったのだと思います

*3:たぶん羞恥に耐えられなくて消した

モンハン素人、挫折する(4年ぶり2度目)

最近はオリンピックに夢中になっています。フィギュアスケート男子シングル、すごかったですね。あの沼は深そうだ…と別の沼にズブズブと浸かりながら眺めています。

どうもこんにちは。いずみです。

隣の沼は深い。フィギュアは隣か?

 

そんなすごかったフィギュア、圧巻の連覇を果たした羽生結弦選手はそこそこゲームを嗜むそうで。試合直後のエジソンのインタビューで、「(モンハン新作は)まだプレイできてないんです」と答えてました。

モンハン新作、モンスターハンターワールド 。今まで携帯ハードのみからの発売だったモンスターハンターシリーズが、満を持して据え置きハードであるPS4で発売した、ファン待望の話題作です。

 

そんな世の中がモンハンワールドで盛り上がっている中、残念ながらPS4を持っていない貧乏人の自分は、友人がプレイしている様子を隣でぼんやりと眺めておりました。そうしたらその友人、じゃあこっちなら一緒にできるんじゃない?と取り出したるは2015年発売の3DS対応ソフト、モンスターハンタークロス

ああそれならと、二つ返事で今更ながらに購入しました。

4年半ぶりの、記念すべきモンハン出戻りです。

 

なぜ出戻りかというと、以前私はモンハン4が発売直後、これまた友人に誘われて購入したのですが、残念なことにあっという間に触れなくなりました。最早プレイをしていた実感は皆無です。

当時4が初モンハンの私はズブの素人から抜け出せないまま早々に放り投げ(ストーリークエの蜘蛛みたいなやつがどうしてもひとりで倒せなかった)、そんな挫折と同時期に発売されたとびだせ!どうぶつの森からそのままポケモンXと逃げてしまい、そのまま再びMH4に触れることはほぼありませんでした。

過去入れ込んだゲームは比較的ボタンガチャ押しでなんとかなるようなものばかりで、例えば

  • FF13(ただし難易度はイージー)
  • 戦国無双(レベルを上げて物理で殴る)
  • ポケモン(対人対戦はしない)
  • 各種ノベルゲー(文字を読んで選択肢を選ぶ)
  • ソシャゲ(つまりポチポチゲー)
  • 音ゲー

というラインナップ。まずボタンを順番通りに押すというコンボアクションという行為に慣れないのです。そもそもコンボという概念が格ゲーのみの要素ではないことを今回初めて知った。

 

と、いうことで勢いで購入して数日、もうすでに再び投げ出してしまいそうになっております。友人に連れられるがまま集会所で数回狩り、というより友人が倒したモンスターから剥ぎ取りのおこぼれを貰い、かろうじて村クエのテツカブラは一人で倒したものの、何回やってもひとりでウルクススイャンクックが倒せない。

やっぱりリーチの問題なのだろうか……とも思い、武器を片手剣から大剣にした途端に操作が上手いこといかなくなってサクッと3回やられました。あれ、振り回す獲物が大きいとモーションもゆっくりになるのな……。

そしてこの時、自分にボタンを連打する癖が付いていることをこの歳になってようやく自覚しました。よいしょ、どっこいしょ、レスポンスが、タイミングが、掴めない〜〜〜と大きな剣でもたついている間に3回くらいクエスト失敗して、もうこの武器はやめようと思って結局片手剣に戻したけど、やっぱりジリ貧で押し負けます。

気晴らしにやっとの思いでひとりで狩れるようになってきたドスランポスを2回くらい狩ったところで、先が見えないことを察して一旦セーブしてソフトをやめました。

 

代わりに起動したVCポケモンクリスタルで出会い頭の野生ポケモンに対し飛び出してきたのは、その時手持ちの先頭にいたオーダイル

と同時に、さっきまで狩ってたドスランポスが一瞬頭をよぎって、思わずしょっぱい気持ちになったことは、どうか許してほしいと思います。

お前のことは狩らないよオーダイル

むしろ私と一緒にイャンクックを狩ってくれ。

モンハンマスターへの道のりは、シロガネ山のレッドを倒すより遠そうです。

 

おしまい。

人として生きることの大変さを知ったオタク

先日は成人式でしたね。新成人の皆様おめでとうございます。気づけば私は成人式からだいぶ時が過ぎてしまった良い歳した大人なのですが、もう学生時代というか思春期真っ只中からオタクではあったので、そろそろオタクとしてもそこそこ成熟してきてしまっているような気がします。ワインだったら良い感じに熟成されてそうな感じ。

どうもこんにちはいずみです。

 

私はオタクです。

まごう事なきオタクです。 オタク楽しいです。

アニメも漫画もゲームも声優もアイドルも若俳もなんでも美味しく食べます。

アイドルのライブ円盤とAmazonビデオのアニメを交互に見ながらソシャゲを回し、「何故こんなにも人間はガシャを回す欲から逃れられないのか」と自問自答しつつ、体力回復時間の隙間で漫画を読みます。外に買い物に出れば「これ推しが持って自撮りしてたな」という観点からその日購入する飲み物を選び、推しのメンバーカラーの服をチェックし、用もないのに本屋を覗いて帰る生活です。

 

そんな性根はどうしようもないオタクなのですが、そんなオタクも人生山あり谷あり、こんなことってアリ?みたいな出来事に出くわしたりもするものですし、年末年始に会った僅かばかりの友人と、まるで学生時代のように恋話に花を咲かせたりもするものです。

 

これは私の持論なので意見反論は募集中なのですが、オタクの恋というものは一般ピーポーの恋より超えるべきハードル、解決すべき問題点が多い、と思います。

そもそも私の根っこはどうしようもなく自分の好きなものが好きすぎるオタクなので、推しが第一自分はその後みたいなそんな優先順位をしているせいで、根本的に身なりをまず人として保たなければならないのってその時点で結構ハードだと思うんですが皆さんどうしてるんですか?二兎追う者は一兎も得ずっていうのに、どうして世のキラキラオタク達は押しも追っかけて自分の美も突き詰められるのか不思議で仕方ない。教えてください。

あと例えば好きになった人と距離を詰めていけたとしても、じゃあその人がオタクじゃない人かつ自分の趣味を隠していた場合、いつ自分の趣味をオープンにするのか?したとして許容してもらえるのか?許容してもらえなかったとして私はオタクとしての生き方を捨てることができるのか?などと様々な取捨選択に悩まされる、それだけで「なんだよオタクってだけで人生ハードモードかよ」みたいな気分になります。そもそも一般人に擬態してるだけで常にMP消費しているみたいなもんなのに更に追い討ちをかけるようなこの仕打ち。

オタクという人種がいくらマスメディアに取り上げられ巷に浸透して来たとはいえ、世の中的にはオタクというのは気持ち悪いマイナスイメージが多少であれこびり付いている人種であることは仕方ないと思うので、オタクという生き方を選んでしまった時点で修羅の道なんだと思います。それがアニオタであれ、ジャニオタであれ。

 

まあそんなオタクで気持ち悪い私も一応社会では人として生きているので、仲間内の結婚話や恋愛話にそれ相応に反応したり、いいなあという羨望や憧れを抱いてしまったりもします。

人として生きるというのは、時としてしんどいなあと思ったりもするのです。

どうして一人で生きてるんだろうとか、なんかああだこうだ理屈こねくり回して色々、こんな夜更け(もう早朝)(これを書いている今4:30am)に書き連ねています。

 

そんなこんなで前置きが長くなりましたが、失恋しました。

そこそこ良い歳したオタクババアが何言ってんだよ〜みたいな気分なんですが、そこそこ良い歳したオタクババアですが失恋しました。

いや正確にはまだ完全に破れてはいないんですが、九割九分決着が着きました。実質失恋。

あとここまでオタクと恋愛論を書き連ねておいてアレですが、別に私がオタクだったことが原因ではないです。

色々要因とか敗因?負けた?いやそういうことじゃないんですが考えることも思うことも沢山あってこの文章を書いているのですが、別に今回のこの一件、私がオタクなことが足枷になってたわけではなくて、まあ失恋したはしましたが、私の今回の恋路にオタクであったことは何一つ障害ではなかったぞーってことをなんとなく残しておきたかったということがひとつと、なぜかこう、オタク同士だと暗黙のうちに忌避されがちだよなー恋とか彼氏とか惚れた腫れたとかそういう話、って思って、あーーーーーー私だってあの人のこと好きなんだよ!オタクだけど!付き合いたい奴がいるんだよ!推しじゃなくて!リアルで!的なこと言ってみたっていいんじゃないかなって思ったからです。別にこれをわざわざ拡散とか見てみてー!とかはしないけど。さすがにちょっとはずかしい。

 

年の瀬に「私と推し」的な内容更新しておいて年明け一発目の投稿がこんな感じなのめっちゃウケる〜〜!って感じなのですが、まあただの失恋したオタクババアのポエムなので許してください。

そしてこんな失恋した良い歳したオタクババアのポエムをここまで読んでくださった稀有な方に多大なる感謝を寄せて、これくらいで締めます。

 

そんなこんなで今後もより推しを愛することに全精神力を費やしていこうと思います。

私は推しの為に綺麗になります。

メンタルリセット!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

戯言でした。ありがとうございました。

 

※追記('18/1/20)

100%玉砕しました。